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イキウメ 「図書館的人生vol.3 食べもの連鎖 〜食についての短篇集〜」
2010.12.20 Monday 16:09
JUGEMテーマ:演劇・舞台

 

「 生きること、摂取すること 」
        
     
日時:2010年11月23日 14:00〜   場所:西鉄ホール

村山雅子(HN: 観世)


 私は以前、前川知大について「本当に異界と交信できるのでは?」と書いたことがある。今回思ったことは「異界に住む親しい友人が何人もいるに違いない」ということだった。まさに彼の書くものこそ『奇譚』であろう。

 この作品は『図書館的人生』シリーズの3作目。このシリーズは毎回のテーマに沿った短篇から成る作品で、今回は4つの短篇から構成される。『食についての短篇集』という副題のとおり、4つの短篇それぞれが「前菜」「魚料理」「肉料理」「デザート」と位置付けられている。

 1話目:前菜は、料理教室に通う女が菜食主義にかぶれていく話。女(岩本幸子)は、料理教室の講師橋本(板垣雄亮)に心酔し、肉を一切食べない「菜食」を貫くようになる。彼女の夫(浜田信也)はふつうに肉を食べたい人。女はそんな夫に菜食を強要せず、だんだん慣れていったらいいという態度で料理を出していた。しかしある時、夫が肉だと思っていた料理は、2週間も前から植物性のグルテンで作られたものであったことがわかる。いわば突然裏切られた夫は、何もかも信じられなくなり、叫んで発狂したように飛び出していく。

 2話目の魚料理は、1つだけ趣の異なる作品だ。万引きのプロである畑山(安井順平)。彼は万引きで生計を立てているが、必要なものしか盗らない。面白半分や手当り次第の万引きをする素人とは違うプロの万引き屋だ。一方、懸賞で当てたものを売るなどして生計を立てている女、梅津(賀茂杏子)。「美学」とポリシーをもってことに向かっている姿に共感した畑山は「オレはお前を理解できる。オレとつきあえ!」と言って女の部屋に住みつく。女はノーと言い続けるが、同種の人間として理解しあいながら奇妙な同居生活が続く。あるとき、畑山は家電などの大物を万引きする天才万引き屋 平雅(緒方健児)に遭う。彼は愉快犯で、手当り次第盗っていき、そのせいで多くの店がつぶれていっている。畑山はそんな万引きはやめるよう説得を試みるが、とりつくシマがなく、ついに店員に密告――つまり同業者を告発するというタブーを犯す。

第1話で料理教室の調理台であったテーブルが、スーパーの商品棚として縦に並べられ、その間をカートを押しながら買い物客が幾何学的に動く。時には並んで止まる。無表情で整然とした動きの中、万引き犯たちだけの時間が別次元で流れているように見えた。演出の妙であったと思う。

第3話目は肉料理。レアでボリュームもたっぷりだ。

主役は、第1話の料理教室で講師をしていた橋本(板垣)。彼は本当は115歳であると、取材に来たカメラマン(浜田)に言い、その数奇な人生を語り始める。

橋本は体調を崩したことがきっかけで、あるとき血液を飲んでみた。最初はひじょうにまずいし、倫理的に抵抗もあったが、続けていくうちに肌つやが良くなり若返っていることに気付く。「飲血」がやめられなくなった彼は、医師の友人の協力で、血液を入手しながら飲血を続ける。そのうち若返った橋本を見て、妻も血を飲むようになった。二人で若返って幸せに暮らしていけるかと思われたが、ほころび始める。何より血を飲むことしかできない、食べ物を食べられない体になっていることが苦痛である。妻はある日、つのる食欲についに耐えきれなくなり、大量の食べ物を食べた後に血を吐いて死んだ。

そんな苦しみを抱えながら血を飲んで生きていた橋本だったが、ある時飲んだ血の味が初めて感じたものであった。それはベジタリアンの血液であり、その味が忘れられない彼は、提供者の女性(伊勢佳世)を探しだす。献血だとだまし、彼女の血を採って、採血管から直接それを飲もうとする橋本。静謐で恐ろしく、なぜか淫靡さも漂うシーン。板垣の凍りつくような演技に息をのむ。

橋本のしていることを見てしまった女は最初おびえるが、なぜか理解した。彼女は橋本を生かすために自分の血を提供するようになるが、量が足りない。そこでベジタリアンの血を確保するために、二人で菜食料理教室を開く。

飲血をする様子、続ける苦痛、その効能と副作用。どれも作者が体験してきたようにリアルで、気がつくと「そうか、血を飲み続けると若返るんだ・・・」などとふと信じてしまっている自分がいる。あぶないあぶない、そんなことあるわけない。こんな、ありえないけれどもしかしたら・・・と思わせるのが、前川知大の世界だ。不気味でありながらおもしろく、しかも見てはいけない部分を一瞬のぞいたかのような軽い罪悪感まで憶えてしまう。

橋本は言う。「私はただの寄生虫だ。食物連鎖の中に私はいない。ここまでして生きる理由が見つからない」。何を摂取して生きるのか。それは何のためか。元気なこと、若いこと、それはすばらしいが、どれほどの努力や犠牲を払ってその状態を維持しても、それは「生きる」ということなのだろうか?

 ・・・などと複雑なことを考えるのもいいが、異界への小旅行をただそっと楽しんでくるのが一番かもしれない。田舎のお年寄りのふしぎな体験談を、夜にいろり端で聞くように・・・・。
                                                      【終】

| MM(村山雅子) | 劇評 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
座敷童子はきっといる
2010.01.16 Saturday 21:10
JUGEMテーマ:演劇・舞台


イキウメ 「見えざるモノの生き残り」
                日時: 2009年12月23日  14:00〜    場所: 西鉄ホール    

村山雅子


 座敷童子と言えばおかっぱに着物姿の女の子というイメージだが、ここに出てくる座敷童子は成人男性だ。青年や、太目の中年や、目つきの悪いオジサンだったりする。そんな現代の座敷童子の実情を描く本作。座席につき、まずは当日パンフレットの中の『現代の座敷童子と2010倍仲良しになる方法』を読んで予習。これを読むだけでも面白くてニンマリ。幕開きが楽しみになる。

 公園に意識なくボンヤリ立っていた男(窪田道聡)。『カナクラ』という男(板垣雄亮)に乱暴に起こされ、自分が座敷童子になったことを知る。『ナナフシ』という名をもらい、カナクラたち座敷童子仲間から「座敷童子とは?」というレクチャーを受ける中で、実例として2つの家庭について語られる。

 1つめは『タイコウチ』(森下創)が世話になった梅沢夫妻のケース。何となく関係がギクシャクしているようなこの夫婦には、以前5才の息子を亡くしたという過去があった。タイコウチの存在に慣れてくると、だんだん自分の子供を扱うように接し始める妻。それを見ていたたまれない夫。やがて夫婦は二人で仕事を始め、生活も穏やかに安定してくる。するとタイコウチは「ケセランパサラン」という羽毛のようなものを置いて去っていく。幸せな人には見えるというフワフワした物体だ。夫婦は大事にしまっておくが、見えなくなったらどうしようという不安がいつもつきまとう。

 もう1つは『ヒグラシ』(有川マコト)が住んでいた若い女性の家での例。この女性の両親は、新興宗教の信者で出家してしまい、親の借金を全部この娘 喜美(キミ)(伊勢佳世)が背負うことになる。借金の取立て屋として訪れたのが、矢口(浜田信也)と、のちにナナフシになる男竹男。竹男はハプニング的にこの女性の部屋で亡くなってしまうのだが、その後矢口は女性の借金の整理の手伝いを続ける。次第に矢口はキミの考え方のズレている点に気づき、罵りながらも教えてやろうとする。キミは矢口と言い合いながらも、次第に自分が現実から逃げていることを理解し始め、向き合う覚悟をする。

人間の生活が座敷童子の視点から書かれている点が非常に面白い。座敷童子たちは一軒一軒家を訪ね歩き、条件の合った家に住みつくのだが、暮らすうちにだんだんとその家の事情が解ってくる。どの家庭にも何らかの問題があるが、それが解ったところで彼らには何もできない。ただ観察しているだけ。人間は、座敷童子が来たというと喜んでいつ幸せがやって来るのかと楽しみにするが、彼らは何も起こすことはできない。それを、彼ら自身も不安に思ったりはがゆく思ったりしている。

そう、座敷童子は「何もできない」ことを自覚し、諦めながらもそこに居る。でもその諦めが不思議と心地よいのはなぜだろう?それは、何もできないと投げ出しているのとは違い、「何もできないけれど居てあげる」というその存在に温かさを感じるからではないだろうか。

ケセランパサランを座敷童子にもらった梅沢夫妻。数年たって、夫にはそれが見えなくなっていた。それをついに妻に打ち明けると、妻も「私だって見えないのよ、もうずっと前から」と答える。それでもいいじゃないか、自分達の生活を大切にしよう、と二人の気持ちが一つになった瞬間、ケセランパサランは急に見え始める。「まだ居たんだ・・・」とつぶやく夫妻。しかしそれを二人は、風に乗せて飛ばしてしまう。

幸せは誰か(何か)がもたらしてくれるもの、向こうからやって来るものと、都合よく思いがちだが、自分たちが現状をちゃんと把握し、そのうえでどう生きて行きたいかを思い定めることで見えてくるものなのだ。座敷童子は幸せを呼ぶ存在ではなく、幸せとは何かを気づかせてくれるモノで、それはきっと現在もどこかに生き残っている―――そんなことを本気で信じたくなる。

作・演出は前川知大。彼の実力はすでに折り紙つきではあるが、相変わらずその独特の世界観と魅力的な作風には唸らされる。存在するかどうかわからない世界の話を、ここまでリアリティをもって魅力的に表現できるとは、この人は本当に異界と交信できるんじゃないかと思う。

矢口を演じた浜田が印象に残る。ぶっきらぼうでいつも口を尖らせて怒鳴り散らす借金の取立て屋が、実は正義感が強く理不尽なことが許せない男であったというのは意外であったし、ここでも、作品の背景に漂う「同情でない本当のやさしさ」というものが垣間見える。

個人的に引っ掛かったのはラストシーン。実は竹男を手にかけたのはヒグラシだったということを見せるシーンだったが、あれはいらないのではないだろうか。あのシーンがなくてもじゅうぶんわかるので。

【終】


 
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